キムラハヤオとは?

※このプロフィールは2003年の頃のものです。近々書き換え予定。

S35年1月7日、福島県福島市生まれ。
まさか、自分の誕生日が昭和天皇の崩御の日になるとは思っていなかった。
しかも、あの年の天皇賞(春)の崩御馬券1−7を取り逃がしている。未だに悔しい。
同期の騎手(同じ学年って意味)にはロクなのがいないのは寂しい(すみません)。
平目孝志、菅原隆明、栗田伸一だって。
と思っていたら、安藤勝己、JRA転厩。
わお、頑張らなくちゃ。

馬券を意識的に買ったのは、大学上京の年の有馬記念。
日刊ゲンダイ(その頃は30円だった)を買ってきて、馬柱の一番上に載っている人が一番偉いんだろうと思って、戸上さんという記者の印を重視して買ったことを覚えている。
引退レースのグリーングラス本命。
なんか知らないが、メジロファントムの「メジロ」が気に入って、3000円のうち1000円持ってた。で、1000円が1万4500円になって、その頃の一日のバイト代が3分間で稼げることが分かって、あとは競馬一直線。
食費350円で一週間過ごすは、学費使い込むは、留年するは、都内で家賃3万・汲み取りのボロ家に住むは。
競馬にハマった学生の「形通り」の生活でした。

サイン読み系に触れたのは、故高本公夫氏の「馬券革命」を読んだから、というのも「形通り」か。
高本氏の本は、最初の20冊位むさぼり読んだ。そのあとは「コナレ仕事」になってたみたいだし、「こじつけ」の雰囲気も漂っていたからどうでも良くなったけど。
ちなみに、「最初の20冊」時代の高本氏の作戦は、現代競馬で通用します。
本を持っていらっしゃる方は、古文書を紐解くように、読み返してみるのも面白いと思います。ただし、本に書いてあることを鵜呑みにしてはダメ。

「作戦を理解する」→「その通りになっているか統計を取る」→「バリエーションを見つけだす」→「使用パターンを見抜く」

自分自身のモノにして初めてカネになるというのが、高本氏の作戦に限らず全てのサイン読みの鉄則です。

10年ちょっと前に(ニューメディアの)キャプテンシステムのSEだった頃、仕事としての競馬に関わったことがある。
とある競馬法人の出馬表・オッズetc.のINCシステムの設計・開発・運用をしてみたり。
インターネットで言うところのGIFアニメみたいなので、ゲームセンターにあるような「ダービーゲーム」を作成したり。
キャプテンは、ミニ・インターネットのようなもので「制約の中の可能性」の世界でした。それに対してインターネットは、見る側も作る側も「自由過ぎる世界をどうチョイスするか」がテーマかな、と思っています。
コンピュータと言えば、サイン読みの世界の原点である出馬表は、乱数テーブルを基にコンピュータが自動的に作成するそう。
その乱数テーブルは、どうも一流のSEと心理学の専門家が設計しているフシがあるので、その方面の仕事をしている人や興味がある人は、本気になれば結構な馬券成績があげられるんじゃないかと思う。
出馬を作るのも人間。それを解くのも人間。人間対人間の心理ゲームが、サイン読みの本質だと思います。

でもって「サイン見破れ!」「サイン会議」というダイヤルQ2を立ちあげたのが92年の春。
この番組を作ったおかげで友達いっぱい出来ました。世の中こんなにサイン読みがいるのか、と思った。
本気でサイン読みを勉強したおかげで、素晴らしい経験も出来たし。(これからもするさ!)
あと、それがきっかけでテレビに出たのが2回あった。
1度目は、タヤスツヨシが1着だったダービーの時の「上岡龍太郎のだまされないゾ」というお昼の番組。
日刊スポーツでG1の時に馬体の善し悪しを解説しているウマ博士の本好氏とか、その時にタヤスツヨシとジェニュインの100万円勝負で名を馳せた梶山徹夫氏とかが、同時に出演した方です。
ぼくは、羽織・袴の書生風の衣装で、ダービーはアメリカのケンタッキー・ダービーの出目が連動するんですよ、というのをやりました。
ちなみにその年は、スキーキャプテンがケンタッキーダービーに出走した特別な年で、

1着 16枠11番サンダーガルチ
2着 14枠10番テジャーノラン

の結果。ダービーまで、11番を安田記念のサクラチトセオーの2着で使って、16枠を馬番に展開した16番をオークスのユウキビバーチェの2着で使っていたから、残るは14枠を馬番に展開した14番か、10番のどちらかひとつしかない。

10番ホッカイルソー(6番人気)
14番タヤスツヨシ(1番人気)

「どちらかひとつしかない」のはわかっているんだけど、とにかく目的は「ケンタッキーダービー連動システム」を説明するだけだと割り切って、パネルには10−14の1点だと書いて出演しました。
結局、14番タヤスツヨシが1着しましたから連動システムは証明されたわけですが、大竹まことさんには「何言ってるんだかわかんネー。」と酷評されましたっけ。

2度目は、マヤノトップガンの有馬記念の頃の「キャイーンの三行広告」という深夜番組。
その頃は精神状態が良くなかった。
前日の霞ヶ浦特別、地方から初出走の6番シルクギャラリーが前走騎手が「有馬」だから、6番のジェニュインだなんて言ったりしてね。結局、6番は有馬記念の裏の六甲Sでプレイリークィーンが1着だから、他場に対するサインを読んでいたことになる。
いま思えば、ちょっと辛い時期でした。

そんなこんなを経て、現在もサイン読みのワザを磨きつつ、さらなる夢に挑戦中です。
「こんな面白いパズル・ゲームを解いて、しかもお小遣いになるなんて、世の中捨てたもんじゃない。」というのが、7年間サイン読みに関わってきたぼくの実感です。
競馬をやりたての頃、土曜日に月曜日の朝刊や競馬ブックがに手に入ったらなぁと思ったことがありましたが、もしかしたら「サイン読みの道を極めること」がその道具なのかもしれません。